〜 令和4年 6月の出来事 〜



6月30日:晴れ
「あれっ、まるで昨日と同じだ〜」と笑ってしまった。皇座山に懸かった雲が昨日そっくり。
しばし待て〜してからゆっくりと雲が移動しました。

今日は通院日なので日の出をゆっくり楽しめませんでしたが、写真には収めました。












6月29日:晴れ
今日も南の風〜南東風になるという。かなり強く吹き通します。この位風が流れると体感温度はぐっと下がりますが、日差しは強く日陰に入りたくなります。
七月の暑中が思い浮かびますがまだ六月ですから。こんな感じで暑さが続きますと、熱中症が怖いですね。どうなるのだろう。

丁度日の出頃皇座山には雲が懸かっていて、しばらく日の出は"待て!”でした。


夏の朝には青空なのに山惣津に雲が懸かります。











6月27日:曇りのち晴れ
濃い霧に覆われてなかなか夜が明けませんでした。
二時間ばかり日差しが届かなくって、こんなに霧が居座るのも珍しい。本格的な日差しは今度は薄雲が広がって昼過ぎになってやっとでした。蒸し暑くってエアコンは除湿が活躍でした。







空の写真も雲が三層に〜










出漁を諦めてオシャベリ〜



6月26日:曇りのち晴れ
なかなか晴れ間が出現しませんでしたが、お昼過ぎる頃から青空が広がりました。

先日死亡保険のことが気に掛かってたら、資料贈りましょうとなり、資料が届いたでしょうと電話連絡が入り対応してたら昼を越えました。
加入してすぐ死ぬと儲けみたいだけど死んだら終わりだからと思うと余り乗り気にはならないし子供に迷惑を掛けないためには入っておくのも良しだし、皆さんはどうされているのかな〜?。











6月25日:晴れ
朝の天気予報、傘マークが消えたので安心して第二便に乗りましたら、鼻繰島を通過する時船長さんが「大雨だよ」と合羽に着替えるので「エー〜!なんでぇ」と言うと、「雷ゴロゴロだ〜」に
また「なんでぇ〜」と言いかけて、さすがにストップ。~~;)

びしょ濡れを覚悟で身支度してたら、前の席におられた方が、「ハイ、どうぞ、お使い下さい」と傘を〜。「アレッあなたは〜?」愚問をモグモグ・・・。ニッコリ笑われたので、ありがたく拝借。

お陰で濡れないで下船。歩いてたら、「おじちゃん、荷物持ちましょうか?」声が係り振り返ったらまた美女!!。ビックリして首傾げたら「わたし、○○子です」。近くの同級生の二女で、二、三歳の頃、泣かしてやろうといじめたのではないが、いくらからかっても決して泣かなかったあの子がニコニコしながら、私の荷物をサッと取り上げて「サァ行きましょう〜」。
「おじちゃん、ちゃんと当る天気予報見ましょうよ」とか言ってる間に自宅前に着いて、雨の当らない玄関前まで運んでくれました。その身のこなしの軽いこと、いじめないでよかったなぁとつくづく〜。(笑い)     (この話の続き)
濡れた傘をタオルで拭いて、エアコンのドライ(除湿)で乾かそうかと支度してたら、また違う方が来訪、「今日は美人に会う日だなぁ〜」と思ったら、「先ほどの船内での傘、私診療所にこれから出勤しますので、預かりましょう。雨がすごく降ってますから今出たら濡れますよ、そう思ったので寄りました。」とこれまた優しい思いやり。

実は大阪の妹の主人が脳梗塞で倒れそして急死。葬儀が23日に有って急遽大阪茨木市に。
沢山の甥姪や親族に囲まれ、自分が長老組の数名の中に入ってると言う現実に驚愕、ひょっとしたら次は自分が主役かも〜と思いつつ帰宅、冴えぬ頭でこの文をしたためています。
前文の部分で書かせてもらいましたが、大阪でもいろいろな部分で優しい心遣いをいただき、親切に触れながら時を過ごしました。思えば有り難い話です。





6月21日:晴れ
今日は”夏至”〜、生憎の雨雲に覆われて、大雨降りの状況です。
祝島は降った雨が溜まることなく海に流れ込むので、ここ数年豪雨禍で大変な他地区を尻目に涼しい顔でノンビリです。以前は田耕しの水は降った雨水を即使用してましたので、良い雨でした。雷さんはゴロゴロ鳴っても歓迎?されてました。

思い出すのは、長男が小一年生の時の「父の日」の日記。
お父さんはしごと(郵便局)に行きません。こううんき(耕運機)にのって山(田んぼ)に行きます。
で、心配された担任の先生「どうなさったのですか?」と家庭訪問、実情を確認されて大安心!。 ^0^  佳き?時代でした。

公民館祭りにフォトクラブは写真を展示します。二便で出かけて会場を作ったり、写真を展示したりします。雨は弱まりそうもありません。
山惣津は濃霧の中です。








              6月20日:晴れ
薄日の差す静かな一日が何事も無く過ぎ去りました。明日は大雨だと〜。それに能登半島沖合いでは地震が頻発した一日でした。震度6弱で津波なしでした。




         6月18日:晴れ
用事が一日置きに有ったので、それに身体がダラシくって結局帰島が今日18日(土曜日)になりました。

凪ぎの海を滑るような航行で、ウトウトしながらの心地良い一刻を楽しみました。^0^

六日振りだったので帰宅して近所を訪ねたら、「待っていたのよ〜」と走るように出てこられて、「冴子さんにお供えして・・・」とビワを戴きました。冷蔵庫に保管して待っててくれました。お礼もそこそこに帰宅、仏前にお供えしましたら、ビワが大好きだった遺影がニッコリ、ほんと嬉しそうに笑顔がこぼれました。私も胸が”キュン〜”と。ビワもうれしいのですが、帰宅を待っていて下さったことも・・・・。











6月12日:晴れ
AM.10:30着の’いわい’第2便で帰島しました。乗客は島の人四名でした。
明日は平日なので通院の方たちがおられるので多いと思いますが、サテ・・・・・。

荒れると船が揺れて大変?ですが、今日のように凪だと滑るように走りますので居眠りには好都合です。昼食を終えたら何だか急にダラシく(疲れた感じ)なって、しばらく横になっていましたが血圧、吸入酸素量、心臓の動き、熱も36.5℃で平熱で異常なしでしたが、この間から続く食欲なしから、なかなか抜け出し出来ません。 ><;)













6月10日:晴れ
明日は大雨との予報ですが、朝焼けがしませんでしたがハテ?・・・・。

帯状疱疹が足右側に出かけて、早めに服薬したりで何とか食い止めたようなのですが、今度は左足が踵かかとを踏みたてると時々「アレッ痛い〜」となるのでちょっと心配なのですが・・・。
発症しなければ良いのですが・・・・。7日(火曜日)のヒフ科の受診が用事が有って出来なかったので進行していなければラッキーなのですが、痛いと余計ビクビクしてしまいます。
14日まで上手く経過して〜と”神頼み”です。食いしん坊が食欲が無いという珍事なので〜。

これから、明日用事で二便で出かけるのですが、どんなもの食べたら良いのでしょうか?。












6月09日:晴れ
心地良い夏の日差し、窓から流れ込む潮風は涼風です。
祝島は瀬戸内海少雨気候の代表?かと思える程しつこい雨が降り続きません。「来る日も来る日も雨」という表現を最近したことが無いなあ〜ボンヤリ眼前の広がる海を眺めながら・・・・・。

最近は行き交う大船もめっきり減りました。夕暮れ時に航跡を目で追いながら、友や知人と傾けたビールのあの味もおぼろになりました。口角泡を飛ばしたことも〜。

昨日今日と好天に誘われて墓地の周りの雑草を曳いたり背丈の伸びた近くの生垣を切ったりしたのですが、見渡せば各墓には、談笑したり声掛けしてくださった方が大勢眠っています。
子供の頃五千人近くいた祝島の人口、島外に出られた人も沢山おられますがそれが今は300人に減少したのですから、寂しくなったのも仕方無いことです。橋部家の墓は西墓地内の高台なので瀬戸内が眼前で、集落が見下ろせます、そして自宅が見下ろせると言う好位置なので、良いのか悪いのかと時々自問したりで、まっ贅沢な話です?。

写真の更新が上手く行きませんので、先月のを添付します。





田布施町に行った時に撮りました。翩翻ヘンポンと泳いでました。



6月05日:小雨後〜
起き出して見上げると今にも降りだしそうな雲がビッシリ?の空でした。
予報では昼頃から雨でしたが、降り出す前に用事を終えて〜と準備万端。。

ところが、玄関出たら「アッ、補聴器」と後戻り。次に出ようとしたらヒゲが伸びてるな〜で後戻り。
「あれ、ポロポロし始めた。」と傘を取りに。次に10歩くらい歩いて「アッ、マスク」でまた後戻り。
ひげを剃る時はずして再度つけなかったナと反省。
玄関またいで’「お〜ぃ、忘れ物無いか」とキョロキョロ〜。’ヨシ、ヨシ’と自信たっぷりに歩いて着いた途端、「ワ〜、書類を忘れた〜」で、アウトでした。これ痴呆って言うのですかね?。
だからか、一日がすぐ終わってしまう。反省はするのですがネ〜。










6月04日:晴れ
午前6時32分予定通り’いわい’第1便が着港しました。数人が乗り込んで今日が始まりました。

今まででしたら、’いわい’に会わせるかのように漁船が出港したり帰港したりで出入りがあり活気を感じてましたが、動かない漁船〜その中には自分も〜〜。

土曜日だけど今朝はレジャーボートもまだ出現なし〜です。

それに行き交う耕運機のビワ畑に急ぐ機音もなしで、私の今は’音の無い’世界です。




オレは当分お休みだ!と言ってたけど、体調回復したかな〜。












6月01日:晴れ
午前中に用事を片付けてホッと〜。室津港の桟橋がヨット来航で混み合いそうなので急いで帰り支度しました。
昼食がまだだったのでノンビリと食べながら〜と思ったのですが、走りながらではノンビリ〜とはなりませんでしたがゆっくりと帰走出来ました。
驚き〜というよりか予想通りでしたがPM2:00過ぎ、鼻繰島から祝島沖には漁船の姿無く、海の姿が大きく変わってしまいました。














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